人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談。その他日常で思ったことなど。1ミリでも前向きに生きてます。

人間関係は流動的でいい

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初めまして、私は40代後半、専業主婦です。

 

発達障害の高校生の息子と夫と暮らしています。

 

今ほど発達障害という言葉がない頃に子育てをし、周囲の理解をほとんど得られず、息子が幼稚園に通うようになって以来、私自身、毎日本当に辛い日々を送ってきました。

 

親より先に死んではいけないと自分を奮い立たせて、それほどまでに日々追い詰められていました。

 

そんなこんなで、息子が小2の時にやっとの思いで心療内科に通うようになりました。私自身は適応障害と診断を受けてます。現在はだいぶ落ち着いてますが通院はしています。

 

いきなりこんな重い自己紹介になってしまいましたが、この前置きなくては語れないと思いまして。

 

さて本題ですが、私には短大時代、お互い親友と思っていた友人がいました。

 

実際に彼女からもらったお手紙にも、私のことを親友と書いてくれていました。仮にわざわざ言葉に出さなくともわかっていました。

 

しかし、私の結婚式の日取りが決まり電話で報告をすると、すかさず「その日は祖母の法事があるからいけない。」と言われ、本当に残念でした。

 

当時は法事ということを信じていましたし、今でも本当だったのかどうかはわかりません。

 

結婚後、彼女とは何度か会いましたが、なんだか今までになく素っ気ない態度を感じることがありました。

 

別の友人にこの事を相談すると、私が結婚したからだろうと言うのですが、その時の私にはわかりませんでした。

 

案の定その親友だと思っていた人とは徐々に疎遠になっていきました。

 

もちろん、私が結婚したからと言う理由だけでなく、なんらかの落ち度が私にあったのかもしれません。10年が過ぎた頃ようやく受け入れられようになりました。

 

この事で人間関係は変わるのだと言うことを初めて学びました。

 

その後、稀なケースの発達障害と言われた息子との共存に毎日疲弊していきます。

 

そんな中、友人たちにも子供が産まれ相談や愚痴を聞くことになります。私は息子のことがうまく説明できず、たとえ発達障害と言ったところでわかってくれる友人は少ないのです。

 

躾けなどできない息子、毎日生きるのだけで精一杯な自分。

 

友人の子育ての愚痴を聞いているのが本当に辛かった。なぜなら、私には本当にちっぽけなことにしか思えなくて。

 

でも聞いてあげるのは私しかいないと、変な使命感にかられ相談や愚痴に耐えました。

 

自分の精神状態も自分のことだけでもはや限界に近いのに。中でも酷なのはメールで送られてきたこと。嫌が応でも読んでしまいます。そして私はようやく気づきました。

 

彼女たちは私のことはさておき、相談したい時や愚痴を聞いて欲しい時だけ連絡を取ってくる。あー、私はそれまでの人。友人とは呼べない。と気づき距離を置くことに決めました。そうしてから何年も経ち、本当に理解のある友人だけと付き合うようになりました。

 

発達障害の子がいて自分の精神状態も良くないとう言う自分のそう言う環境と、そうでない人たちとの環境の違い。結婚してるしてないとう環境の違い。もちろん、環境の違いを超えて付き合える人もいます。理解し合おうとすれば。

 

以前どんなに仲よくしていても人生いろいろ。環境も人も変わってきます。その時々で自分にとって心地いい人と交流していけばいいのだと思います。

 

 

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