人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談をと思い始めましたが、最近ではその他日常で思ったことなどがメインです。1ミリでも前向きに生きてます。

うつの時傷ついた知人友人の言動

うつの時の対応などマニュアルなど見かけるが、実際に自分がうつだった時の傷ついた体験を記したいと思う。

 

うつになる前の傷ついた言動は沢山あるが、今回はうつになってからのこと。

 

私は、もともと家族の事で自宅にいるのがストレスとなっており、その事に加え様々な出来事が重なり、精神的に限界となり療養できる病院を探し入院することとなった。

 

まず一つ目は、ピアノの先生をしている知人からこんなふうに言われた。「自分は、舞台に立つ以上、例え親が死んでも出なくてはいけなのだからと師匠に言われてきた。だから精神的にタフになった。」と。

この言葉はまるで、自分はこんなに鍛えられてきたのだから、あなたみたいに精神的な弱い人ではないのですよ。と言われているように感じて、弱り切った私はますます落ち込んだ。心配してくれて電話をくれたのはありがたいことだった。でも返って私には逆効果となった。うつの理解がないということはおそろしい。という以前に、相手を思いやる気持ちがあればそう言った発言がそのタイミングでできるだろうか?

 

もう一つ目は、入院中での友人との出来事。その友人は私が入院する前にやはり心配して電話をくれ、私は彼女の声を聞いただけで涙が溢れた。そして、入院してしばらく経ったある日、彼女から幼稚園に通う子どもの相談めいたメールが届いた。

 

その入院は、療養目的ということもありちょっとしたホテルのような個室で、病院とはいえ日常に近い日々を過ごせていたので携帯も自由に使えた。私の場合、一番のストレスの原因だった家を離れたことにより、病院に来た途端、食欲も普通に戻り精神的にもかなり落ち付きを取り戻して行った。

 

そうは言っても一応病院に入院している身である私に、そのようなメールが送られてきたことに少し違和感を覚えた。しかし、またまた妙な使命感に駆られた自分は、子育てにおいて少しばかりの先輩として、できる限り私なりのアドバイスを必死に考え返信し何度かやり取りをした。へとへとになった。もしかしたら、彼女は最初はただのつぶやきだったかもしれない。ただ、聞いて欲しかったのかもしれない。それにしては、ちょっと深刻な内容だった。このことに関しても、相手を思いやる気持ちがあるのなら、そのような子どもの相談めいたメールを入院中の私に送ることなどできるだろうか?私は彼女を親友だと思っていた。

 

うつの人への対応マニュアルに励まさないとか無理して外出に誘わないとか見かけたことがある。そのようなマニュアルに従って外面的サポートをするのは簡単なことかもしれないと思ってしまう。

 

精神的に追い詰められるようになってから、人の本質を見抜くことができるようになったと思う。相手の人がうつとかに限らず、相手を思いやる気持ち、それは一言で言えば想像力に尽きると思うのだが、思いやりの気持ちがないのならば、うつのマニュアルに従っていてもそれは全く無意味なことになってしまう。

 

自分も偉そうなことは言えないし、知らない間に人を傷つけてしまっていることもあるかもしれない。でも、身をもって体験したこと。以前より発言には慎重になれたと思う。

 

スポンサーリンク