人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談をと思い始めましたが、最近ではその他日常で思ったことなどがメインです。1ミリでも前向きに生きてます。

精神科の療養型入院病棟がもっと増えるといい(経験談)

以前のブログでも触れている通り、何年か前私はうつ状態で入院した。全国でも珍しい療養型の病棟である。

その時は、家族の問題でストレスフルな状態のところに様々な出来事が重なり、精神的にかなり追い詰められた。主だった要因は家族のことだったので、家にいることが本当に辛かった。毎日1日をベッドの上で過ごしながら希死念慮にかられていた。オーバーな言い方かもしれないが1日1日を生き抜くのがやっとの思いだった。実際にそうだった。

本当なら、かかりつけの心療内科に1、2ヶ月に一度通っていたのだが、その時は2週間に一度、1週間に一度通った。自分で、このまま家にいたら、遠回しに言えば本当にだめになってしまうと思い、入院したいと思うようになった。先生に入院したいと伝えた。先生も私の様子を感じていたのだと思う。あらかじめ用意していたかのように、そこの病院で一応紹介している入院先の病院のパンフレットを二つさっと出してくれたから。たまたまパンフレットの一つは入院することになる病院のものだった。もともとそこに行きたいと思っていた。その日のうちに紹介状を書いてもらった。

入院を希望する病院に電話をしたところ、一度診察にきてから入院の必要があるかどうか判断するとのことだった。かかりつけの先生から紹介状をもらってる旨を伝えているのに、なんで?とものすごく不安になった。

夫に連れて行ってもらうため、数日後の土曜日にそこの病院へ行った。とりあえず入院できることになったのはよかったのだが、ベッドが空いてないとのことで9日間も待たなくてはいけなかった。すぐ入院できるのだと思っていたので、その時の私にとっての9日間は永遠のようだった。

色々あったがなんとか9日間乗り切り無事入院する日がやってきた。

着いてから診察を受け、血液検査、心電図、CTの検査を受け、病棟でのルールや食事の時間やお風呂のことなどの色々な説明を受け、自分の部屋に案内された。全室個室である。お風呂やシャワーは共有。お風呂付きの部屋が2部屋ほどあったと思う。

すぐ昼食の時間になり、家から離れられやっと入院できてほっとしたのか、出された昼食を完食した。まともな食事をしてなっかた私は、誰かが自分たちのためにこの食事を作ってくれたと思うとありがたくて涙が滲んだ。

食事の時間は確か一時間半から二時間ぐらいの間に好きな時に食べてよく、部屋で食べてもいいし、食堂のようなところで食べてもよかった。これまでの栄養不足をとり戻すかのように、入院中私は毎食ほぼ完食した。事前に献立表が配られ、2種類から選ぶことができた。

お風呂は予約表のような紙に空いてる時間や好きな時間を記入して、毎日きちんと入れた。家ではなんとか2、3日に一度にシャワーを浴びるのがやっとだった。

洗濯はコインランドリーで自分で空いてる時間にできたので便利だった。

それと、どこか具合が悪くなれば診察もしてくれたし、1週間に一度は診察があった。

薬は最小限の薬を使います、みたいなことがパンフレットにも出ていたかと思うが、その通りだったのではと思う。毎食後に安定剤1錠、鉄剤一錠、就寝前に睡眠導入剤一錠と抗うつ薬半錠だった。

食事とお風呂以外の時間は入院最初の頃はとにかく寝て過ごした。ベッドも枕も本当に心地よかった。今だにどこのものを使っているのか聞いとけばよかったと後悔しているほど。そこの病棟ではとにかくリラックスすることを目的とし、良質な睡眠がとれるようこだわっていたのだと思う。

外出も届ければ自由にできた。

主婦なので一応家のことも少しは気になってしまうのだが、そこはもう割り切って過ごそう思った。それまで大変なこと続きだったので一生に一度、人生のお休みをもらったと思うと自分に言い聞かせて過ごした。

2週間経ったぐらいから、自分ではもう大丈夫なのではと思えてきた。正直お金のことなども気になるし、夫は帰りが遅く息子はまだ小学低学年だったので、なんだかんだ言っても気になってしまう。

先生に相談してみると、本当に回復するのには1ヶ月必要だから1ヶ月入院するよう説得された。

後半、徐々に元気になっていったので、外出して本屋に行ったり美容院に行ったりした。午後は読書を楽しんだりもした。とにかくのんびり過ごすことに専念した。テレビを見て笑うことも久しぶりだった。

入院して1ヶ月近く経って退院の日が近づく頃、外の景色が急にカラフルに見えてきた。色鮮やかというのだろうか。病棟の外にある自販機と売店に外の空気を吸いがてらもあり、毎日ミルクティーとチョコレートが食べたかったのもあり、毎日通っていたので、毎日同じ景色を見ていたのに、ある時から急に色鮮やかに見えてきたのだ。その時、先生の言っていた1ヶ月には意味があったんだなと実感した。

一応付け加えておくと、1ヶ月というのは私の場合であって、2ヶ月の人もいればもう少し長い人もいると思う。

1ヶ月経ち予定通り無事に退院した。その後も色々あったものの、この1ヶ月があったおかげで今こうしていられるのだと本当に思う。

あれから10年近く経った今では、このような精神科の療養型入院病棟を必要としている人がますます増えていることと思う。