人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談。その他日常で思ったことなど。1ミリでも前向きに生きてます。

『発達障害の子を育てて①』と言うタイトルは違う気がする

  私がブログを始めたのは、かなりレアケースな発達障害と十数年前に専門の先生に言われた息子を育てた経験談や、約10年前に適応障害と診断され時にうつ状態になった自分の経験談を記すことによって、同じような経験をしている人に一人でも参考にしてもらえ、少しでも共有できたらと思ったのが主な動機です。それと、今現在もそんな息子とは日々格闘中ではあるものの、少しばかり自分の状態も落ち着いてきたので、書き記す事によって過去の辛かった自分と向き合い、そしてそのような過去を消化できればとも思ったのが正直なところです。また、発達障害適応障害とは無関係なところにいる人たちが、少しでも理解をしてくれたらという思いもあります。

 

 まずは、タイトルにある『発達障害の子を育てて』と言うタイトルが違う気がするのはなぜかと言う事についてです。それには、息子がどう言う特性かということをお話する必要があるかと思うのでお付き合い下さい。

 

 十数年前は、息子のような稀なケースの発達障害を診断できる先生は本当に少なっかたと思います。息子と似たようなタイプの子が『専門の先生(医師)』に診てもらうと、「特になんともありません。」と言われてしまった、と言うような話を発達障害の支援先(以下、支援先とする)の心理の先生に言われた事もあるぐらいです。無理もありません。当時はまだ発達障害という言葉が一般的には産声をあげたような時代です。専門の先生と掲げても知識はあれど経験の浅い医師が多かったと思われます。そもそも『専門の先生』自体がとても少なかったはずです。そんな中、支援先の先生から紹介されたのが、当時では珍しく沢山の発達障害の子を診てきて、そのような支援先や学校の先生に講義などもしているという先生でした。県外からも訪れると言う評判の先生でした。

 そして、予約を取れたのが4ヶ月後でした。私は当時5歳の息子を連れてその先生のところへ行きました。先生は息子をおもちゃで遊ばせ様子を見ていました。そして息子についていくつかの質問をされました。今思い出せる内容は、「自分でご飯を食べますか?」と言った質問のみですが、質問はそんなに多くはなかったように思います。質問が終わると、先生は文字通り頭を抱え「うーん、なんて言ったらいいんだろう?すごく説明がしずらいのだけど。」と、少しだけ考えた後に伝えられたことは、「まず、躾けはできません。マニュアルも当てはまりません。なぜなら情緒の不安定さがあることによって、前回はマニュアルが当てはまったとしても次回は逆効果になってしまうことがあるからです。稀なタイプです。」と大まかに言ってこのようなことを言われました。そして、自閉症スペクトラムの説明を受けて、「滅多にない広汎性発達障害と思われます。意見書が必要であればいつでも書きますから。」と言って下さいました。後で、なぜ意見書なのかは、その先生が医師ではなく臨床心理士の先生だったと言うことを知りましたが、私にとって医師かどうかは全く問題ではありません。母親の私にとっては、その先生の説明がものすごく理解できたからです。この先生に診てもらい、これまでモヤモヤしていたものがスッとして気持ちがとても軽くなったのを覚えています。

 ざっくりですが、息子の特性はこんな感じです。ざっくりですが具体的なことで言うと、息子には全然こちらの話が通用しません。どんなに強く言っても、静かな口調で言ったとしても全然ダメなんです。発達障害の子へのマニュアルを試そうとも、それ以前の問題になってしまい試すこともできなかったのです。

 発達障害と診断を受けた子のお母さんから、うちの子はこう言うところが苦手とか、できなくてとか何人からか聞いたことがあるのですが、苦手なところが絞れているとマニュアルも通用するようで対策ができるように感じました。

 親として躾けができないと言うことは本当に辛いことでした。いくら先ほどの先生に躾けはできないと言われたからといっても、ごく普通のお母さんのように言うべきことは言ってきたつもりです。躾けはできないのに、周囲の多くのママたちからは躾けがなってないと思われるのも本当に辛いことでした。幸い、幼稚園の先生方は理解ある先生方でママたちから孤立しがちな私にとっては本当に救いでした。

 しかし、幼稚園時代から私自身精神的に家でもいっぱいいっぱい、外でもいっぱいいっぱという状況が何年も続き次第に精神も参ってきてしまいました。ようやく心療内科に行ったのが息子が小2の時でした。常にいっぱいいっぱいだった私は、息子と関わる時間もあまり取れなかったのです。関わると言うより、一緒にいるとまたそこでありえなことが連続して起きるのです。そしてこちらが疲れ果てるといった毎日。そもそも、息子自身4ヶ月の頃から一人遊びをしていたぐらいで、小さい頃は積み木で、ブロックができるようになるとひたすらブロックで遊んでいたので、息子から私に関わりを持とうとすることもあまりなかったのですが。

 タイトルの話題に戻ると、つまりはこのような状況だったので私が息子を育てたと言うのはおこがましいと思ったのです。現在息子は高校生となり毎日元気に通っています。現在ではアルバイトもしています。幼稚園、小学校、中学校にも元気に通いました。小学校のクラブ活動や中学の部活動などは休むことなく毎日真面目に取り組んでいたと思います。そして習い事まで。家では私は最小限の家事もままならなずに寝ていることが多く、息子と話をすることもほとんどなかったのです。話したとしても話にはなりませんが。それはいまだにですが。あるとすれば、大抵叱っている場面です。

 つまり、息子は私が育てたというよりも社会の中で育ててもらったと言う方がしっくりくるのです。幸いに、全ての先生方に恵まれ、クラスメイトにも恵まれたのでしょう。そのことは本当に感謝しかありません。(ただ、付け加えておきたのは、たとえ息子のように人に恵まれたとしても、発達障害の子供もそれぞれだと思っているので、みんなが学校に通えるとは思っていません。)