人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談。その他日常で思ったことなど。1ミリでも前向きに生きてます。

40代後半女性が感じるおばさんの定義

おばさんの定義は色々あると思う。その人の年齢を知っておばさんと思う人が大半かもしれない。

 

今回は、年齢のことではなく、40代後半の私の体験から感じているおばさんの定義を一つお話ししたいと思う。

 

それは、知らない者同士で何の前置きもなく突如会話が始まること。それと、独り言を思わず言ってしまうこと。それに対して普通に返事をしていること。これが立派にできるようになったら、おばさんだと私は定義したい。

 

具体例をあげてみようと思う。

 

具体例①

以前、母が生きていた頃、時々一緒に買い物に出かけることがあった。母は最寄り駅の近くにあるスーパーで13年間退職まで務めたので、駅周辺に出かければ知り合いに出くわす可能性は高い。

ましてや当時勤めていたそこのスーパーなら、知り合いがお客さんと来ている可能性がさらに高まるはず。

時々母と一緒にそこのスーパーに行くのだが、何度もありすぎて内容までは覚えていないのだが、例えば、知らない年配の女性が母に突然「これ、安いわねー。」だとか「これ、随分沢山入ってるわね。うちは少人数だから食べきれなわぁ。」だとか言ってきたとすると、母もごくごく自然に受け答えをして笑顔で去る。

その度に私は、後で「知ってる人?」と聞くと、「ううん。」違うと言って何事もなかった顔をしている。そこのスーパーに限ったことではなく、何度もそういう場面を見てきた。

さすがに何度も同じ光景を見ると、こちらもわかってくる。

母との買い物でこのような体験を重ねてきた今、今度は自分の身に同じようなことが起きるようになってきた。

最近のことなので、実際の会話のやり取り中でいくつか覚えていることを書いてみたいと思う。

 

具体例②

ある時、私は大型スーパーで買い物を終えて4階にある駐車場に向かうために1階からエレベーターに乗っていた時のこと。

その時そのエレベーターには私しか乗っていなかった。

2階に止まりドアが開くと、中年の女性が私に話しかけながら乗ってきた。「1階のあっち側のトイレが工事中で使えないっていうから、こっち側のトイレに行ったら今度は清掃中で、もうやんなっちゃうわぁ。待てないからさぁ。」

私は訳が分からず、でもとりあえず「そうなんですかぁ。それは大変ですね。」と答えた。

すると3階について「そうよぉー、もうほんとに。」と言いながら降りて行った。

ああそうか!とやっと意味を理解した。

その人にとって、1階分上がるのにわざわざエレベーターに乗るということが少し気まずかったのだろう。そして、言い訳せずにはいられなかったのだと思う。

私はぼけっとしているので、何も言われずに3階で降りて行っても何にも思わなっかたし、別に1階分上がるのにエレベーターを使うことに対して何とも思わない。

エスカレーターの場所とエレベーターの場所は少し離れてもいるし。

 

具体例③

やはりそこの大型スーパーでの出来事。

私は、事前駐車精算機に駐車券を入れると、戻ってきてしまったのだ。

「あれ?」と言いながらちょっと考えながらもう一度入れてみた。その様子を見た年配の女性が、駐車場に向かおうとしながら、「違う日のじゃないの?私はね、違う日のは、間違えないように車のゴミ箱にすぐ捨てちゃうのよ。車にゴミ箱置いてあるからね。」と言い終わると同時に、無事精算機に通ったのだ。

「あっ、通りました。」とその女性に伝えると、「あら、良かったわね。」と言って去って行った。

おそらく、前の人の精算が終わった直後に私が駐車券を入れたため反応しなかったようだ。

 

具体例④

久しぶりに電車で出かけるため、券売機でチャージしていた時のこと。

隣で券売機を見つめながら年配の女性が、「あらやだ。分からないわぁ。」と独り言を言いながら困っていた。最初の画面を見てどうやって切符を買ったらいいか分からなかったようだ。

それに気づいた私は、横からすかさず「ああ。切符ですか?」と言いながら操作をして画面を出してあげた。

 

以上、覚えているいくつかをあげてみた。

 

自分のことを振り返ると、突如会話を始めることはまだないが、それに対しての受け答えは普通にしている。

自分が母に聞いていたように、まるで知っている人かのように。

独り言も言うようになってきたかもしれない。

この定義からすると、私は70%ぐらいおばさんに当てはまる。

でも、全然知らない人との一瞬のやり取りを楽しんでる自分がいる。