人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談。その他日常で思ったことなど。1ミリでも前向きに生きてます。

「自分らしく生きる」を自分に当てはめて考えてみた

私はスピリチュアルな話が好きで、本を読んだり動画を見たりよくしています。

 

いろいろと話を見聞きする中で共通していることは、究極は自分の魂に従って生きるということだと思います。

 

つまり、自分の本当の心の声に素直に生きるということ、もっと簡単に言ってしまえば、自分がワクワクすることをして生きるということです。

 

小さい事でいうと、日常の中で例えばお昼ご飯は自分は何が食べたいのかだとか、お休みの日に自分は何をしたいのかという事です。

 

仕事で例えてみると、例えばお金が稼げるからといって本当はやりたくない仕事に就くとか、その逆もありで、自分は本当はお金が稼ぎたいと思っているのに、人助けはいいことだからと一般的な概念で物事を考えて、そのような仕事に就くことは自分の心の声に反しているということだと言えます。また本当はやりたいことがあるのに、安定しているから公務員になったとか。

 

スピリチュアルな観点からいうと、そこを打破して本当に自分がワクワクすることをしていれば、心も満たされ自然とお金もついてくるのだというのです。

しかし、多くの人は生きるためにお金を稼ぐ手段として、本当はやりたくもない仕事に就いているのが現状だと思います。

 

自分におき変えてみたいと思います。

今私は専業主婦です。本当は仕事をしていたかったし、専業主婦には私はなりたくありませんでした。そもそも家事は嫌いです。家にじっとしているより、外に出て仕事をしていたかったです。

 

もうだいぶ前のことになりますが、私は新卒で入った会社で事務をしていました。人間関係にとても恵まれ、単調な事務作業は自分に向いていたと思っていたし、休みも取りやすく、残業もそれほどなく、会社勤めとしてはいい環境だと思っていました。合わない上司が一人いたとはいえ、そんなことはどこでもあることだと思います。総合的に見ればいい環境でした。

その会社は、社内結婚した場合、会社の古いしきたりで女性が辞めなければいけなのです。転勤もあるので仕方ないと思いました。

私は辞めたくなかったのですが仕方なく辞めました。

 

辞めていった周りの先輩たちは雇用保険をもらうために、仕事をするにしても3ヶ月は待ってるという中で、私は3ヶ月も家にこもるのは耐えられるず、すぐ仕事に就きました。

夫の転勤があるので社員としては探せず、夫の転勤の了承を得た上で派遣社員として働き始めました。

 

しばらくすると、案の定夫が転勤となりやむなく私は派遣の仕事を辞めました。

 

夫の転勤先でも働きました。

 

夫が会社を辞め、地元に戻りました。

私は社員として仕事がしたくて、しばらくの間就職活動をしたのですが、当時では結婚している女性を社員として迎えてくれるところはそう簡単にはありませんでした。

 

最終的には、社員登用前提の契約社員として仕事に就くことができたのですが、あまりにもお給料が安く、お昼休みは社員さんの愚痴でうめつくされ嫌になってしまいました。そして、蓋を開けて見れば社員登用前提のその社員になった時の待遇は、契約社員として入った時のあまりに安いお給料はそのままで、社員としての責任が増えますよ、といったものでした。近い将来移転も決まっており、自宅から少し行きにくい所になってしまいます。

 

結局私はそこを辞め、今度は派遣社員として働くようになりました。こちらでは人間関係に恵まれ仕事の環境も良かったのですが、出産のため辞めなくてはならなくなりました。

 

無事子供が生まれ、育児に追われる毎日の中で早く仕事に行きたいと思いつつも、よく三つ子の魂百まで言われているように、3歳までは家にいようと決めました。このことは、まさに自分の本当の心に背いていたのです。これが間違いの始まりでした。

 

就職活動をするにはできたと思いますが、保育園に入るためには仕事をしてないといけません。しかし、仕事をするには保育園に入るまでに子供を見てて貰うところが必要です。その解決方法が出ないまま、そうこうしているうちに幼稚園に通うことになってしまい、また仕事に行く機会を逃してしまいました。

 

子供が幼稚園に慣れた頃に、パートとして仕事はしたものの、お昼時間が基本的になく3時を過ぎてしまうことがわかり4ヶ月後辞めました。

 

息子が小学生になり、やっと仕事を探せると思い再び就職活動するも、その当時リーマンショックの影響が色濃く残り、求人はほとんどない状況でした。

 

そんな中で、奇跡的に面接までたどりつけたところも結局採用ならず、ついに諦めてしまうのです。

 

息子が小学生になると、通級学級に通うために週に一度別の小学校に連れていかなければならなくなりました。結局色々とあって小学校3年生になるまでには辞めてしまうことになるのですが、母親の病気があったり自分の体調がすぐれなくなったりで、仕事から遠のいていきました。

 

結果的に育児子育て中、私は「自分らしく」生きてなかったのです。育児子育てにおいて、お母さんがいかに充実しているかということはとても大切になってきます。もし、仕事をしながら育児子育てができていたら、取り扱いに難しい息子の子育てももう少し余裕を持ってできていたのではないかと考えてしまいます。

 

今では30代、40代の求人が多く出ているのですが、40代後半がそこに入るのはちょっと難しい気がしています。

 

仕事に就けなかった分、他にやりたいことをしてみようと、母が他界し自分も40歳を迎える頃、やらずに後悔はしたくないと思い、自分がやってみたかったことに挑戦しました。介護の仕事をすること、心理学を学ぶこと、英会話を習うことに挑戦しました。

 

パートとして介護の仕事をしながらヘルパー2級の資格を取りましたが、介護の仕事は自分に向いてないと感じ辞めました。

 

心理学は認定心理士の資格を目指し放送大学で学びましたが、統計学と講義の授業が足りず認定心理士の資格は取れなかかったもののとりあえず卒業はできました。そして、英会話スクールにも通ったり個人のレッスンを受けたりしています。

 

こうして振り返ると、仕事をするということに関して自分らしく生きれなかった分、趣味を通して自分らしく生きようとしてきたのだと思います。

もう一つだけやってみたかったことがあるのですが、今後どうやったら「自分らしく生きる」ことができるのかを模索しながらそれをやるかどうか決めたいと思います。