人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談をと思い始めましたが、最近ではその他日常で思ったことなどがメインです。1ミリでも前向きに生きてます。

私はなぜうつ状態になったのか

なぜ自分がうつになったのかは、つきつめると人間でいる自分に嫌気がさしたからです。

どうしてそう思うようになったかと言えば、母が他界した時、母の兄弟、私の兄弟、そして義理の母たちが、皆自分のことばかりを言ってくるのでした。

よくある遺産相続の揉めあいとかではありません。

私一人で母の通院や、短かかったけど入院生活を支えました。お葬式なども。

誰一人として、私に労いの言葉などかけてはくれませんでした。それどころか、まず真っ先に自分の主張をしてきたのでした。

 

一番はこの時の母の死がきっかけだと思うのですが、それ以前にも小学校低学年の発達障害の息子の子育てや、東日本大震災後の計画停電の中での引越しの準備。震災の影響で夫の泊まりの出帳が何度かあり、自分一人での子育てと並行しての引っ越しの準備。そして引っ越し。その約1ヶ月後に母が入院しその10日後亡くなます。

父とは私が大人になってから離婚しており、団地を借りて住んでいたのでそこの片ずけに追われます。

それと並行して、お墓探しや役所関係や銀行の手続きに行きました。

平日は自分でできる範囲で片付けをし、週末は毎週夫に手伝ってもらいクリーンセンターに通い2ヶ月ぐらいかかったでしょうか?

一人暮らしだったとはいえ、6畳二部屋にあった押入れには物がビッシリ詰まっており、晩年は洋服なども沢山増え、おまけに若い時の趣味で来ていた着物など、とにかくものが多かったです。

 

クリーンセンターに行くのに夫に手伝ってもらう以外は、全て一人でやりました。

その頃生理も重く貧血もあったと思います。

 

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母の住居の保証人に従兄がなってくれていたので、絶対迷惑はかけられないと言う必死の思いで終わらせました。

母の住まいが片付け終わると一気に力尽きてしまいました。

そして無気力な時間を経て、やがて無意識に抑え込んでいた負の感情がじわじわとこみ上げてきて、それと同時に話の通じない息子と過ごす時間が耐えられなくなり、体が動かなくなってしまいました。

母の他界後、身内からそれぞれ言われた言葉がぐるぐると頭の中をかけめぐりながら、『なんて人間て自分勝手な生き物なのだろう。』と思うと、同じ人間である自分のことも本当に嫌になりました。

本当に生きているのが地獄のように感じられました。

うつ状態になったのは、色々な要因が重なったということもありますが、醜い人間の姿を何度も目の当たりにして、そしてその結果、同じ人間である自分が嫌になってしまったからだと思っています。

  

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