人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談。その他日常で思ったことなど。1ミリでも前向きに生きてます。

親子で生まれつきバネ指になりました

昨日、粉瘤のことで切開の話をして思い出したので、今回は私と息子が親指を切開した話を書きたいと思います。

 

 

生まれつきバネ指とは

[強剛母指]

乳児の頃から母指(親指)の第1関節が曲がったままで伸びない状態を強剛母指と呼んでいます。母指の付け根の部分にしこりが触れることがありますが、あまり痛がりません。

[症状]

母指の第1関節が曲がったままで他動的にも伸びない状態であることに、母親などが気付きます。押しても痛みはありません。

症状

出典:公益社団法人日本整形外科学会

 

『強剛母指』と言うそうですが、以下『生まれつきバネ指』もしくは『バネ指』とします。 

 

 

私のバネ指について 

私は、両手の親指が生まれつきバネ指でした。 

自分のことですが、記憶にないので、生まれつきバネ指『だったそうです』と言ったほうがしっくりきます。

 

母の話から、私が小さかった頃は、できるだけ早くに手術をするようにとすすめられたようです。

 

左手の親指は、まだ私が動き始める前の赤ちゃんの時に手術をしたのでうまくいったようです。

 

実際に普通に使えてきました。

 

右手の親指は、2歳頃だったでしょうか?

 

亡き母に確認することが出来なのが残念ですが、2歳か遅くても3歳だと思います。

 

その頃、子供用の足で蹴って進む車で遊んでいたのを覚えています。

 

とにかく動き回れるくらいの頃でした。

 

私が動き回ったことで、術後がよくなかったのか、手術中にじっとしていられなかったからなのかは今となっては分かりませんが、右手の親指の状態は完全な状態にはなりませんでした。

 

しっかりと曲げることができず、途中までしか曲げられませんが、日常生活に特別支障はありません。

 

ただ、ハサミなどを長い時間使ったり、テニスなどをして負担をかけると、手首に負担がくるようで手首の腱鞘炎になったことがあります。

 

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息子のバネ指について

そして、息子も生まれつき、右手の親指がバネ指でした。

 

息子のバネ指に気づいたのは、私の母でした。

私の運転で、母と息子と出かけていた時です。

後部座席に、息子の座るチャイルドシートの隣に母がいつも座っていて、母がある時ふと気付いたのです。

息子が2歳前後だったかと思います。

 

私は、息子を近くの整形外科に連れて行きました。

記憶が曖昧ですが、「様子を見ましょう。」とだけ言われて、その整形外科に何度か通いましたが、なんとなく不安になり、私のかかりつけだった自宅から少し離れた整形外科に連れて行きました。

 

そこの先生はとても親身に診てくださる先生で、とても信頼していました。

 

そこでは、「小学校に上がるまで様子を見て、良くならなければ切開しましょう。」と言われました。

そして、私は先生に「遺伝しますか?」と聞いたところ、「それはないですよ。」とのことでした。

 

息子の親指は、良くなる気配は一向になく、結局小学校に上がる前の2月頃に手術をしました。

 

かかりつけの先生から、『手の外科』の専門の先生を紹介していただき、紹介先に2回、3回通ってから手術を受けました。

 

結果は無事成功です。

 

その2、3ヶ月後に息子はピアノに通い始め、ごく普通にピアノを弾けるようになりました。

 

手術のタイミングが、私の頃と、今とでは(といっても既に10年以上経ってしまいましたが)変わるのだなぁ、と思いました。

 

それと、性格的なことで、よく『変なところは似る』と言いますが、こんなことも似てしまうことがあるなんて、と思ったものです。

  

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