人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談。その他日常で思ったことなど。1ミリでも前向きに生きてます。

笑顔に胸を打たれた話

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ねもこたんです。

 

笑顔。

 

言うまでもないですが、笑顔っていいですよね。

 

ごちゃごちゃ述べる必要もないと思うので、私が体験した笑顔で胸を打たれた話をしたいと思います。

 

笑顔ってそれだけで、感動してしまうことがあるんです。

 

 

看護師さんの笑顔に胸が熱くなったこと

看護師さんのこの時の笑顔は、微笑みのような笑顔でした。

 

先月、心療内科に行った時のことです。

 

最近は月に1度のペースで通院していました。

 

過去、体調によっては最悪で週に1回、または2回、よくて月に1回、ある程度安定している時は2ヶ月に1回と言うペースで通っていました。

ちなみに、通院歴9年になります。

 

この1、2年は月に1回のペースでした。

この春あたりから随分と体調が安定してきていたのは自分でも感じていました。

 

いろんなタイミングがいいように重なったと考えられますが、今にして思えば信頼していた主治医の先生がお辞めになったことで、自分でなんとかしなくてはと奮い立ったのかもしれません。

変な話ですが。

 

いい先生だからということに甘えていたので、その先生がいなくなってしまうと知った時は本当にショックでした。

 

結果的に今までにないくらい体調が良くなってきて、とは言っても元々人より体力がないので体調を崩しやすいというのはいまだにありますが、体調がいい状態が続いています。

安定してきたというのでしょうか。

 

私なりに元気に普通に過ごせています。

 

先月の初旬に心療内科に行った時、薬をもらいませんでした。

ですが、必要ではなくなったというのではありません。

 

もともと、安定剤は自分の判断でやめていたし(一応先生には報告してます。)、睡眠薬は1日2個もらっていたのを、これもまた自分の判断で半錠にしていたのです。

先生には報告済みです。

 

勝手に薬の調整をして、毎度、事後報告するというイヤな患者ですよね。

でも、前の先生も今の先生もとても話しやすいから正直に言えるんです。

 

それに勝手に調整しながら、結果元気になれているのだからヨシです。

※みなさんは自己判断でしてはいけませんよ。と言える立場ではないですが、念の為。

 

自分で薬を調整していたので睡眠薬をもらわなくていいぐらいに余っていて、そういう訳で2ヶ月後の診察まで薬が出なかったのです。

なんせ、薬の調整をきちんと先生に報告していますから。←笑うとこですよ。

 

受付には、看護師さんもいます。

この9年間の波乱万丈な私のことを知っている看護師さんです。

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お会計の時に事務の人に、「次の予約は1ヶ月後でいいですか?」と聞かれたので、「薬もあるので2ヶ月後でもいいでしょうか?」と言ったら、先生に内線で確認してくれました。

 

2ヶ月後でオッケーになり、なおかつ薬も出ていない。

事務の人が、「今日は、お薬ないみたいですがいいですか?」と念のため確認してくれました。

「はい。」と私。

 

近くにいた看護師さんは、その様子を見ていたのでしょう。

 

私が、「ありがとうございました。」と笑顔で事務の人と看護師さんに言うと、私の波乱万丈な9年間を見てきたその看護師さんが、優しい笑顔を返してくれたのです。

 

その看護師さんの笑顔は、さっきも言いましたが微笑みのような笑顔で、なんだかとても安心したような、ほっとしたような気持ちが滲み出ていて、まるで心から「よかったわねぇ。」と言ってもらったような気持ちになり、胸が熱くなりました。

 

お仕事とはいえ、心配してくれていたんだなぁって、とてもありがたく思いました。

 

 

母の最期の笑顔

 母はガンだと言われて手術を勧めらましたが、ガンになったら治療をしないと決めていたので放置しました。

 

ただ、最期は必ず訪れるので、その時に備えて緩和病棟に入れる手配を私が必死にしました。

手術も治療もしてない人が緩和病棟に入院することは、とても珍しいケースだったと思います。

 

地元のガン専門の在宅医療をしている先生に相談をして、その先生のおかげで緩和病棟に辿りつくことができたのです。

 

母は救急車で緩和病棟に運ばれてから10日で旅立ちました。

 

私は、10日間、小学生の息子を送りだすとすぐさま病院に向かい夕方まで付き添い、週末は泊まりました。

もう最期が近いことを感じとったからです。

 

本当に最期の日もなんとなく分かりました。

前日からなんとなく。

 

その時、どこか冷静でいる自分がいて、こんな時『ありがとう。なんて言ってくれるのかなぁ。ドラマみたいに。イヤイヤ、そんなことを期待してはいけない。私がしたくてしてきたのだから。』とそんな思いを振り払いました。

 

入院して数日後から、母はしゃべることもできなくなっていて、表情も作れませんでした。

母のほんのかすかに動く目の動きと瞬きでコミュニュケーションをとっていました。

 

そんな母が最期の日の朝、ニコッと笑ってくれたのでした。

 

朝、看護師さんが母にの隣に来て「夕べは娘さんが一緒に寝てくれて良かったですね。」と話かけてくれました。

でも母は口を聞くこともできないし無表情のままです。

 

その瞬間、母が目をつぶったまま顔いっぱいにニッコリとしてくれたのです。

その時の母の状態からはあり得ないことでした。

 

私は母の笑顔を見た瞬間、泣きそうになりました。

「ありがとう。」って伝わってきたからです。

誠意一杯の「ありがとう。」が伝わってきました。

 

看護師さんがいたので、私は冷静を装って「あっ、笑った。」と呟いたら、看護師さんはとりあえず頷いたように見えました。

 

今思えば、あの母の笑顔は、ひょっとしたら私にしか見えていなかったのではと思うことがあります。

 

誤解のないよう言っておきたいと思いますが、私は母に感謝の気持ちで一杯です。

 

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