人生一度きり

発達障害の子を持つ母としての経験談。自分の鬱、適応障害の体験談をと思い始めましたが、最近ではその他日常で思ったことなどがメインです。1ミリでも前向きに生きてます。

ただあるだけなのは偉大なこと

昨今のスピリチュアルとか引き寄せの法則だとかみてると、何か自分の本当にやりたいことを見つけなければならないという呪縛にかられる。

 

実際、自分自身そんな呪縛にかられていた。

 

でも、人それぞれのもっているエネルギーだったり、お役目だったりっていうものがあるのだと思っている。

 

もともと基礎体力があって、とってもパワフルでエネルギーに満ち溢れている人っているでしょう。そういう人だったら、もし何か見つけた時何でもできると思ってる。

 

私は昔からどちらかと言うと虚弱体質よりだったから、とっても健康的な人が眩しく光輝いて見えることがあったの。

あらやだ、私オーラのようなのが見えてたのかしら?

 

高校生の時、印象的だった人がいて、その人は友達だったからいつも身近にいたのだけど、まさに健康美そのもの。

こんなこと言ったらなんだけど、決して容姿が美しいとかじゃないんだけど、私には美しく見えてた。笑顔もとってもステキだった。

そんな彼女は、小学校の頃からずーっと皆勤賞だったそうな。

ね、これは健康であることの大きな証明になるでしょう。

 

例えば、そういう体の丈夫な人が何かやりたいことを見つけた時に、それに向かってまっしぐらに進むことができるんだと思うの。

で、それを得られた時にますます光輝く。

 

夏目漱石だったかな?誰だったか確かではないのだけど、小説の中で「体が丈夫な友人を持つことほど不幸なことはない。」みたいなことを言っていて、私はそれを読んだ時、たしかにー!って思ったの。

 

何故って、体が丈夫な人って、そうじゃない人のことなどわからないでしょう。

もちろん、そんな人ばかりじゃないとは思いますよ。想像力が豊かな人だって沢山いますから。

 

で、私が大人になって健康だけが取り柄だという人とご縁があって、よく一緒に遊んでいた時期があったのだけど、私はしょっちゅうあの小説の言葉を頭に思い浮かべていたの。

 

結局、そんな彼女もメンタルの調子を崩したと同時に体調もこれまで通りではなくなってしまい、多分私みたいな人のことも多少は分かってくれた感じがしました。

でも、今は疎遠となりました。

というか、私から距離を置いてしまいました。

 

自分がなってみないと分からない。誰だってそうだけど、自分がなってみて初めてわかるような人だから、主に私の体力的なことや息子のことなど、共感してもらえなかったり時に否定されたりしてきて、私はメンタル的に結構ギリギリに過ごしてたから、彼女と会うことでネガティブな気持ちになるなら会うのをやめにしようって、何年もかかってようやく気づけたんです。

 

まぁ、そんなこともありましたよって話です。

 

話は戻って、何かやりたいことを見つけなければいけないみたいな呪縛から解放されたっていう気づきみたいなものだけど、日々淡々とその人のやるべきことをこなしていくことが、実はとっても偉大なことだと気づいたのです。

 

サラリーマンだって全然いいじゃない。毎日、満員電車に揺られて毎日会社に通って、一生懸命に目の前のことをこなして、生きるためにお給料をもらう。家族のために働く。

 

専業主婦だっていいじゃない。毎日、洗濯して買い物行って、料理して、テレビ見たって昼寝したっていいじゃない。家事はハードな仕事なのよ。目の前のやるべきことをこなして毎日淡々と過ごす。

でも、その淡々と過ごす中に、小さな幸せも沢山転がってたりする。

 

病気してたっていいじゃない。

引き寄せの法則からすると、きっと治ることがゴールみたいなことになるのでしょうけど、治らない病だってある。痛みや辛さに耐えて、淡々となんて過ごせないでしょう。

それでも、毎日生きてるだけで素晴らしいことだと思うの。

 

やりたいことがみつかって、ガッツリやってみること、それがらできたならそれはそれで本当に素晴らしいことだと思う。

 

ポジティブでいること、向上心をもつこと、好奇心をもつこと、それは本当に大切なことだと思うし自分自身そうありたいと思い続けているのは確か。

 

でも、ただあるだけでいいんだ、それでいいんだということ、その偉大さに気づけた自分にまるっ!!←はてなブロガーさんの大北さんのマネっこしちゃいました。